ここから本文エリア
| 発行日 | =2008年1月26日 | ソース | =朝刊 |
| 面 名 | =be週末b4 | ページ | =4 |
| 発行社 | =東京 | 文字数 | =1121 |
彼女(51)は、商社勤めの夫(52)と3人の子を持つ主婦である。11カ月前に亡くなった父の相続で悩んでいた。
父には、祖父から受け継いだ資産があり、特に都心にある自宅の土地・建物の価値は高かった。両親はそこで暮らしていた。
3年前、夫の海外駐在が終了し、彼女らは両親宅を訪問することにした。心配の種は夫も父も短気で頑固なことだった。折り合いが悪く、これまで衝突を繰り返してきた。
最初は和気あいあいだったが、孫の教育方針を巡って父と夫が口論になった。
「どちらも落ち着いて。久しぶりなんだから……」
彼女は両者を制した。
「お前はこいつの味方か!二度とここに来るな!」
ケンカ別れになったことから、体調がすぐれなかった父は、遺言の作成に取りかかった。その結果、土地・建物は彼女の弟(49)に、ほかの遺産は母に相続させること、弟が母を終生、扶養することが明記された。弟は独身で、近くに借家住まいしていた。
1年後、父は脳出血で入院。その後も脳血管障害で再入院した。
母は娘夫婦を気遣い、彼女と連絡を取り合っていた。父の機嫌を見計らって、娘や孫の様子を伝えてもいた。
5カ月後、病状が悪化した父が再び遺言したいと言い出した。母は知人に相談して、病室で「死亡危急遺言」をすることにした。死期が迫った人が証人3人以上の立ち会いのもとで、その1人に遺言の趣旨を口で伝えるものだ。
父は、(1)以前の遺言は取り消す(2)母を大切にして皆仲良くしてほしい――と述べた。家庭裁判所の確認も受けて、この遺言は父の真意に基づくものと判断された。
父は8カ月後に他界した。
相続では、父の遺言が話題になった。弟は死亡危急遺言の効力を否定し、以前の遺言に従って、土地・建物は自分のものだと主張した。
彼女は、父の病室での言葉が忘れられない。
●真意あれば撤回の効力発生
前の遺言を撤回した「死亡危急遺言」の効力が問題になる。遺言者が、普通の方式で遺言をできるようになった時から6カ月間生存すると、効力を生じないからである。
父の容体は一進一退を続けていたので、普通の方式で遺言ができるようになったという事情はないと思われる。
本件の死亡危急遺言の趣旨は前の遺言を取り消すことだから、前の遺言とは明らかに抵触する。だが、それが真意によるものとして効力を生じた以上は、前の遺言を撤回する効力は生じる。
仮に、父が普通の方式で遺言できるようになって6カ月間生存したとしても、死亡危急遺言が効力を失うだけであり、前の遺言の効力が自動的に復活するわけではない。前の遺言はないものとして、相続協議を進めるべきだろう。
(ファイナンスクリニック代表・籔本亜里 司法書士・隈部翔)

|